美しい夕空とは惜別になるのだろうか

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愛知芸大のデザイン棟入り口は、小高い三が峰の頂上、遮る木立の少ない見晴らしの良い真西を向いている。二十年程通って特別に印象に残る一つが、デザイン棟出入り口で何度も見上げてしまった美しい空模様である。夕刻は特別に美しい、神が西日に輪郭する空模様にはついぞ見入ってしまう。グラフィックの教授は学生に、この夕空の色彩を人は再現出来ないと語ったと言う。
写真が職業なのに若い頃それほど空を無心に眺める事は無かった。いま住む湘南は西風が何時も強い。芸大の空は別格ではあるのだが、この頃美しい雲に気付くとベランダに出て空を眺める。雲という流転を止めない現象の寂寥感にひととき心を解き放つ。スマホ登場以来、大学も学生も全く変り、未練するものが無い程に“時代が変わり果てた”。三が峰の美しい夕空をこれから見る事はないだろが、新しい写真表現への模索は続く。

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2016年7月23日 (土)

世界は重複する/そしてトゥオンプリーの「変奏のリリシズム」

昨日7月22日は五芸祭で飛んでしまったゼミの補講。前期末の混乱から教室が写真暗室...

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2016年7月10日 (日)

Photos produced piled layers

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2016年6月27日 (月)

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写真展終了。無垢の眼差しでご覧頂いた来場者に心から感謝。 それにしても、デジタル...

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2016年6月20日 (月)

まだ私の身の丈に似合う銀座の街並

懐古趣味ではなく、自分を空にするストレス解消に昭和三十年代の日活映画をアマゾンか...

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