写実の神秘を話したら、受講者が1人となった

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写真ゼミ三回目の受講者が1人となった。実際は学部二年生から続けて受講する大学院生は無欠席でやってくるから、出席は二人。以前もこのような事態はあった。スマホ発売の翌年あたり、四月写真ゼミ/オリエンテーション出席者は0であった。その後連続受講者などを中心に十数人に回復した。
今回は事情が異なる。そもそも写真表現への無理解と想像している。
すざましく高い偏差値の高品位写真が苦労なく撮れてしまう。取り説などを読むより、いじまわす体験の短い時間の中で写真操作の基本は体得してしまう。加え日本人は抜けの良いシャープな画像が大好き。アメリカではプレイボーイ誌など雑誌媒体の原稿はほとんどネガカラーフィルムの時代、日本ではピントの甘い濁った色調となるネガカラーフィルムはほとんど使われず、発色の鮮やかなリバーサルカラーフィルムが主流であった。
私もリバーサルカラーフィルムで出版社の仕事をこなした。時折自分で資料として集めた欧米のネガフィルム使用の雑誌画像を大手出版社レイアウトマン/デザイナーに見せ説得を試みたが無駄、シャープなリバーサル画像が絶対であった。
銀塩写真の感光材料の銀は、写真普及の半ば1960年代に将来の枯渇が心配されていた。イーストマン・コダックが翌1975年に初めてデジタルカメラを製作している。誰もが知るように2000年以降はデジタルカメラがフィルムカメラに変わる。記録手段の変化更新は当然に記録写実に伴う美学/再現表象のテイストや美学を変えてゆく。銀に比較するデジタル、少々乱暴だがガソリン車と電気自動車の比較から、文明に絡む人を考えてみたい。玩具のリモコンカーで遊んだ経験のある人は電気エネルギィーの回転トルクの強さ/凄さを体験している。電車に乗っても感覚の鋭い人は、電車の動きだしの力強さは体感している。ハイブリットカーや電気自動車はこの電動の過剰なトルクをディチューンして使っている。
デジタルカメラの画像エンジンに留意される性能は、シャープさ、健康色/高彩度、明瞭描写性などが多様に配慮され実行される。デジタルカメラは現代車のような人の感性に合わせたディチューンは行われない。
電動車の過剰トルクは事故を起して人に危害を与える。デジタルカメラしかり4Kテレビが人を殺めた話は聞かない。しかし即物的写実の映像がCGに同様する高彩度の領域に作られる状況は、人の眼差しの感受性を狭くし、その眼差しの個別性の幅を客観の方向に整えてしまう。日常の人の見る行為が、SNSのライブ状況に相当に近似する明日は容易に想像できる。
宇宙飛行士のチャールズ・デュークがプライベートに撮影した月の地面の置かれた小さなLサイズ程の家族写真。写真画面のほとんどは月面、その中心におかれた小さな写真。チャールズ・デュークの行為と結果としての写真は映画「2001年‥」のモノリスに等しく、人に億光年続く思考を要求してくる。
芸大生はこのような写真の在り様を知らない。信じない。知ろうとしない。チャールズ・デュークを写真撮影へと動機させた即物的写実の真実を知ろうとしない。
「先生この便利な描写アイテムの上手使い方を教えて」。“神みる”という言葉が流行る時代に学生へ、スーザン・ソンタグは写真は自動して写真聖性を持ちうる、ビム・ベンダースの「ベルリン天使の翼」を数回続けてみれば“映像”のさばき方の基本が見えてくる、と語った後に学生が消えた。
ここにデジタル写真が当たり前になっていた2008年学生の写真作品集がある。当然写真はどれも個性的であり即物的写実の“不思議”が潜んでいる。暗室実習は後期の冬。朝7時集合、暗室の中で薬液と冷たい水を相手に露光調整に苦労し夜の9時、一日でやっと3枚程の六つ切りプリント。誰もが現像液の中で浮き出る画像に歓声を上げていた。暗室手前のスタジオは終日順番待ちの学生で賑わっていた。
アートに“十年一昔”があってはならない。かって身体と暗室で学んだ写真を、いま学生は18インチ程のスマホ画面で“見る”ことで諸々が済む。身体性を持たない見ることの距離に、私は“見ることのファシズム”を懸念している。経済原理がいま以上に表現手段を締め上げれば、写真文化は消滅する。


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